情意投合の兆し

情意投合の兆し


https://telegra.ph/ひとつだけたしかなこと-11-11

のクロコダイルがギリ生きてたIF話

※メルニキがすごく弱ってます





 クロコダイルは全身に巡る痛みと腹部へのしかかる重量感で目を覚ました。しばらく定まらない視界にゆっくり瞬きをしながら、生きていたかと他人事のように考える。

 腹に乗っているのが何なのか、確認するためにクロコダイルは首を少しだけ動かした。案の定の人物をどかすため身体を起こそうと身をよじったところで、邪魔が入る。


「────クロッ?!」


 と同時に遠慮のない抱擁をくらう。打撲なんだか切傷なんだか分からない痛みが鼓動とともに絶えず襲ってくる人間に対してやることか。怪我人になんてことしやがるとクロコダイルは呻いた。


「……死んでしまうのかと思った。ずっと…………起きないから」


 文句の一つや二つ言ってやって、すぐに引き剥がしてやろうと兄の服を掴みかけた手が、すんでのところで止まってしまった。落ち込んでいる時ともどこか違う、沈んだ声色のせいだ。


「おいていかないで、クロ」


 何かを堪えるように絞り出された声は、すぐ近くにいなければ聞き取れなかったんじゃないかと思うほど小さかった。


「お願いだよ……世界のどこにいたっていいんだ。どこにいたって、必ず会いに行くから。でも……だから、いなくはならないで」


 兄の考えていることなんて、クロコダイルにはよく分からない。子供の頃からそうだった。変なところでスイッチが入ったようにキレるし。暇つぶしなんて理由で天竜人を手にかけるし。その時点で自分への興味なんて消えてしまったのかと思えば、何事もなかったかのようにあの頃の笑顔のままでいきなり現れるし。普段どんな憎まれ口を叩いてやったところで嫌な顔一つしないくせに、本気で怒ってやれば何もそこまでかというほど落ち込むし。

 分からないのだ、兄のことなんて。

 けれど、おいていかないでほしいというその気持ちだけは自分にも覚えがあった。本当はあの時、手を離さないで欲しかった。自分の声に振り向いて欲しかった。

 そんな奥底に押し込んでいた気持ちたちが顔を出す。

 だからだろうか。


「……ちったァ、人の気持ちが分かったか。バカアニキ」


 クロコダイルにしては素直な言葉が、口からするりとこぼれ落ちた。

 それを聞いてゆっくり腕を解いて離れた兄と、真っ直ぐに目を合わせる。見開かれた目からは、地面と平行の感情の読みずらい瞳孔がよく見えた。


「クロも思ったことあるの? こんなこと」

「ある」


 頭を特に強く打ったのかもしれない。なんでこんなにもあっさりと肯定の言葉が出たのか自分でも不思議だ。


「そっか……知らなかったよ。ごめんね」


 泣いてしまいそうなのか、嬉しいのか、そのどちらにも見えるような複雑な表情で兄は言った。


「大切な弟のそんな気持ちにも気づけないお兄ちゃんに、教えてくれるかな。私には分からないことがたくさんあるんだ」


 そんなのは、おれの方こそ。

 そこまで出かかって言うのを止めたのは、今更になって小っ恥ずかしくなったとかそんな理由じゃない。

 今まで自分が思っていたよりずっと、兄はただの人間だった。兄は存外自分のすぐ近くにいたというのに、傷つくのを恐れて遠くに追いやっていたのは自分自身だったのかもしれない。

 それに気づいたから、クロコダイルはつい笑ってしまった。一瞬だけ目を丸くした兄も、つられたように笑い出す。

 その笑顔はつい最近まで何度も見てきたはずだというのに、どうしてこうも懐かしさを感じるのだろう。

 クロコダイルは熱くなる目頭を隠すこともせず、兄と一緒に笑っていた。





オマケ


 自分が死にかけている間、ろくに睡眠もとっていなかった兄を寝かせたクロコダイルの元に、ある男がやって来た。


「何故ここに火災のキングがいる。百獣海賊団は随分と暇なようだな」


 チッと舌打ちをするキングに、クロコダイルはいつもの調子で言った。

 対するキングはベッドで眠っているキャメルを一瞥してから、クロコダイルを睨みつけた。


「お前が死にかけたせいで約束が反故になったんだ。お前のせいで」

「…………何の話だ」


 返ってきたのは想定の斜め上を行く台詞。クロコダイルは眉をひそめた。


「本当ならおれたちは今頃ワノ国にいるはずだった」


 説明になっているような、いないような。

 要は兄にはワノ国に行く予定があったが、クロコダイルが死の淵をさ迷ったおかげで全部頓挫したということなのだろう。しかしそれが今ここにいる理由とどう関係があるというのか。


「おれが聞いているのはお前が何故ここにいるのか、だが?」

「……お前が死にかけている間のキャメルくんが心配で何度か顔を出していた。今日もその日だっただけだ」

「アニキの?」

「あぁ、そうだ。お前がどれほど理解しているのかは知らないし別に知りたくもないが、一つだけ教えてやる」


 親切なんかじゃねェから勘違いすんなよ、とキングは大層偉そうに言った。本当なら教えたくはないのだろう。

 マスクをしているからどれほど嫌そうな顔をしているのか知る由もないが、そのマスクをしていても伝わってくるほどだ。

 それからキングはたっぷり間をおいて、兄の方に視線を向けながら言った。


「お前が死んだらこの人は……多分、長くは生きられない。生きようとしない」


 先程までの怒気を孕んだ声とは打って変わった落ちついた声で、しかし歯切れ悪く。

 だからお前は死ぬなとキングは最後に言葉を締めくくった。

 それを静かに聞いていたクロコダイルは、咥えているだけだった葉巻に火をつけた。

 ジジッと葉巻が焼けていくのを目の端に捉えながら、煙を舌の上で転がす。


「……勝ち誇ったような顔しやがって。だから教えたくなかったんだ」

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